営業の現場で、こんな経験はありませんか?
- 自分では「最適な提案をした」と思っていたのに、相手の反応はいまひとつ
- 丁寧にフォローしているつもりが、「しつこい」と言われてしまった
- 経験豊富な上司が判断ミスをしていたのに、自分も違和感を持てなかった
これらは一見、単なる「判断ミス」や「コミュニケーションのすれ違い」に思えます。
ですが実は、「誰にでも起こる脳の働きのクセ」が影響しているとしたら、どうでしょうか?
この記事では、営業やビジネスの現場で無意識に起きる「判断のズレ」を「当事者IQゼロ理論」として解説し、その対処法と、信頼できる仲間の重要性について掘り下げていきます。
「当事者IQゼロ理論」とは何か?
当事者IQゼロ理論とは
「人は、自分が当事者になるとIQが0になるくらい認識がズレてしまう」という現象を表す言葉です。
もちろん、これは比喩です。本当にIQが0になるわけではありません。
ただ、どれだけ冷静で論理的な人でも、「自分が関わる事案」になった瞬間、客観的な判断ができなくなるのです。
これは、心理学でいう「バイアス」や「自己正当化」「視野狭窄」などとも通じる現象ですが、営業の現場ではよりシビアに、そして日常的に起こっています。
「当事者IQゼロ理論」を提唱したのは、経営者の後藤翔一です。
2020年に、当事者の判断や意思決定が必ずしも合理的ではないことを示す研究を行い、「当事者IQゼロ理論」の概念を会議や取引先のコンサルティングの現場に導入しました。
当事者の認知バイアスや合理的ではない選択を自覚させるキッカケとして、会議やコーチングで「当事者IQゼロ理論」の概念が活用されるようになりました。
「当事者IQゼロ理論」と似たことわざ
① 灯台下暗し(とうだいもとくらし)
意味
灯台は海を明るく照らしますが、その足元(真下)はかえって暗くなるということ。
転じて
「身近なところにあるものやことには、かえって気づきにくい」という意味。
例
失くした鍵をずっと探していたら、実は自分のポケットに入っていた…というようなときに使います。
② 魚の目に水見えず(うおのめにみずみえず)
意味
魚は常に水の中にいるけれど、自分が水の中にいることを意識していない。
転じて
「当たり前すぎて、自分では気づかないことがある」という意味。
例
自分の口ぐせや態度など、他人にはすぐにわかるのに、自分ではなかなか気づかないこと。
③ 智は目の如し、百歩の外を見て睫(まつげ)を見る能わず
(ちはめのごとし、ひゃっぽのそとをみてまつげをみるあたわず)
意味
知恵や知識は目のようなもので、遠くのものは見えるのに、まつげのように近すぎるものは見えない。
転じて
「いくら賢くても、身近なこと・自分のことには気づきにくい」という教え。
例
他人の問題点はよく見えるのに、自分の欠点は見えないことがありますよね。
④ 傍目八目(おかめはちもく)/岡目八目(おかめはちもく)
意味
囲碁で対局している当人よりも、周囲で見ている人の方が、八手先(八目)まで読めるということ。
転じて
「当事者よりも、第三者の方が冷静で正しい判断ができる」という意味。
例
恋愛や人間関係で、当人は混乱していても、友達が的確なアドバイスをくれるときなど。
ことわざに共通するポイント
これらの言葉はすべて
👉「人は身近なこと、自分のことには意外と気づきにくい」
という人間の盲点を教えてくれています。
ことわざと「当事者IQゼロ理論」が違う点
「当事者IQゼロ理論」は
「自分のことに気付きにくい」+「認識がズレてしまう」
自分のことになると真剣に考えているのに、認識がズレてしまうところがポイントです。
認識のズレる方向は人によって違いますが、過去に経験からくる思考のクセや認知の歪みが複雑にからみあって起きる現象です。
優秀な人ほどハマる「当事者の罠」
「自分は冷静に判断できている」と思っている人ほど、この罠にハマりやすい傾向があります。
そして判断を間違いやすいタイミングがあります。
こんな状況は特に注意してください!
- 真剣に取り組んでいて集中している
- 絶対に失敗したくない状況
- その物事に自分が一番詳しい状況
もう少し具体的にイメージできるように例を見てみましょう!
たとえば、以下のような事例が典型的です。
■ ケース①:「提案の押し売り」になっていたAさん
ある営業マンAさんは、提案書を作り込む力に定評があり、社内でも評価されていました。
ある日、彼は「絶対に自社のサービスにフィットする」と思い込んだ企業に対して、徹底的なメリット提案を実施。
内容も精度も完璧に近いものでした。
ところが、結果は「お断り」
理由は、「内容は良いが、こちらの課題感とタイミングが合っていなかった」というものでした。
【原因】
Aさんは自分が提案したいという立場に立ちすぎていて、相手の温度感を見誤っていたのです。
■ ケース②:部下の提案を冷静に評価できなかった上司B
ベテランの上司Bさんは、経験豊富で判断も的確なタイプ。
しかし、自分が関わった大手クライアントに関する提案に関しては、極端に保守的な意見を持ちがちでした。
あるとき、若手社員が画期的な提案を持ち込みましたが、「そんな冒険は通用しない」と一蹴。
結果、その若手の提案が他部署経由で通り、大きな成果を生み出したのです。
【原因】
Bさんは、自分の顔が利くクライアントという立場に縛られ、冷静な評価ができなかったのです。
どんなに努力しても「ズレる」のが人間
ここで重要なのは、この「ズレ」は意識の高低や能力の優劣とは無関係に起きるということです。
つまり、
- 経験が豊富でも
- ロジカルシンキングに自信があっても
- 誠実で相手思いでも
「自分が当事者になる」というだけで、判断は歪んでしまうのです。
努力しても完全に防げない。
だからこそ、「気づく仕組み」と「支えてくれる存在」が必要なのです。
ズレを修正する「3つの習慣」
では、どうすればこの当事者IQ0状態に対処できるのでしょうか?
以下の3つの習慣を意識することで、判断のズレを最小限に抑えることができます。
① 第三者視点を意識的に取り入れる
たとえば、メールを送る前、提案を作る前に「この文章を受け取った相手はどう感じるか?」を声に出して考えてみる。
自分以外の誰かになりきるくらいの意識で想像することが効果的です。
とはいえ、それでも認識はゆがんでいます。
まずはそのことを自分自身が理解しておくことが重要です。
② 間違いを指摘してくれる信頼できる仲間を持つ
同僚、上司、部下、あるいは他部署のメンバーでも構いません。
「その考え、ちょっとズレてない?」と率直に言ってくれる存在が、自分の認知の歪みにブレーキをかけてくれます。
重要なのは、「反論してくれる仲間」を自分からつくる姿勢です。
反論してくれる仲間ができるかどうかは、あなたの普段の行動や姿勢次第です。
「おかしいと思った部分があったら教えてください」と普段から伝えておくことが重要です。
また、反論してくれる仲間は、あなたが素直に話を受け入れられる人になってもらうのがいいでしょう。
能力の低い新人から言われても話は聞けないと思うので、信頼できて仕事もできる先輩などがベストだと思います。
③ 正しさよりもズレに敏感になる
「自分が正しいか」よりも、「自分はズレているかもしれない」という疑いを常に持つこと。
提案が通らなかったとき、相手が反応しなかったときは、「自分はどこを見誤ったのか?」と問い直すクセをつけましょう。
これは営業の現場だけでなく日常でもよく起きる現象です。
何かトラブルが起きた際には、この「ズレ」が影響していることが多々あります。
常に認知のずれが起きていることを認識して、人の意見も大事にしましょう。
「自分を疑える営業」が、信頼される
一歩引いて自分を見つめることは、営業において非常に強力な武器になります。
- 相手の立場に立った提案
- 空気を読んだタイミングでのフォロー
- 誤解を未然に防ぐ伝え方
これらはすべて、「当事者になりすぎない意識」から生まれます。
また、指摘されたときに素直に受け止められる営業は、顧客からも社内からも信頼される存在になります。
まとめ:IQ0になるのは「恥」ではなく「仕様」
私たちは、どれだけ優秀でも、どれだけ経験を積んでも、「自分事」になると認識が歪みます。
それは恥ずべきことではなく、「人間の仕様」なのです。
だからこそ、
- 自分を客観視する習慣を持つ
- ズレを指摘してくれる仲間を大切にする
- 自分の判断を過信しない姿勢を持つ
この3つが、選ばれる営業への土台となります。
「当事者IQゼロ理論」を知っているかどうかで、あなたの成長スピードも信頼度も大きく変わっていきます。